学びを支える理論
この家の学び方は、外国語の習得についての研究をもとに組み立てています。専門の言葉が出てきますが、それぞれ、出てきたところで短く説明します。
考え方と、この家の仕組み
| 考え方 | この家では |
|---|---|
| 語用論的転移・語用論的能力 | 頼む・断るなどの場面を1対1で練習し、暮らしの中で気になった言い方もその日のうちに振り返る |
| イマージョン、インプット・アウトプット・インタラクション | 日本語だけで話す妻との会話、料理、食事、買い物、散歩、おでかけ |
| タスク型の学び | 街でのミッションや、妻との会話でのミッション |
| 経験学習のサイクル | 暮らしやミッションで試す → 振り返る → 次に試す。毎日の記録 |
| 情意フィルター | 家庭の落ち着いた雰囲気、困ったときは中国語でも相談できる |
| フィードバックの種類 | 教わる程度を選べ、言い換えを見せる・問いかける・理由まで説明するを使い分ける |
| Can‑do | 「できるようになりたいこと」と修了レポート |
1. 何を学ぶのか:言葉の「使い方」
語用論的転移
母語での話し方の習慣を、知らないうちに外国語に持ち込むことを、言語学では「語用論的転移」と呼びます(Kasper, 1992)。頼み方、断り方、ほめられたときの返し方など、文法とは別の「使い方」の習慣です。
その結果、意図しない印象を与えてしまうことを「語用論的失敗」と言います。文法の間違いは「まだ日本語に慣れていない」と受け取られやすいのに対し、使い方のずれは、話し手の人柄や態度の問題として受け取られやすいと指摘されています。話し方が流暢なほど、その傾向は強くなるとされます(Thomas, 1983)。外国語が上手になるほど、母語の話し方を持ち込む余裕が生まれ、かえって転移が目立つ場合がある、という報告もあります(Takahashi & Beebe, 1987)。
語用論的能力とポライトネス
場面や相手に合わせて言い方を選ぶ力を「語用論的能力」と言います。相手との距離や、頼みごとの大きさによって、どのくらいていねいに、どのくらい遠回しに言うかを調整する力です。こうした相手への配慮の表し方は「ポライトネス」と呼ばれ、言語によって表し方が違うことが研究されてきました(Brown & Levinson, 1987)。
こうした使い方は、教室で説明を受け、練習することで身につきやすくなることが、多くの研究で報告されています(Taguchi, 2015)。
この家では:頼む、断る、謝る、誘う、ほめられたときに返す。気持ちのずれが起きやすい場面を、会話の始めから終わりまで通して練習します。暮らしの中で気になった言い方も、ご希望の程度に合わせて、その日のうちに一緒に振り返ります。
2. どう学ぶのか:暮らしの中で、使いながら
イマージョン
学びたい言葉に囲まれた環境で、その言葉を使いながら身につける学び方を「イマージョン」(英語で「浸ること」)と言います。1960年代にカナダで始まった、英語を話す子どもたちがフランス語で授業を受ける教育がよく知られています(Lambert & Tucker, 1972)。
この家では:台所、食卓、リビング、おでかけ先で、日本語で一緒に過ごす時間。妻とは日本語だけで話します。
インプット・アウトプット・インタラクション
言葉が身につくには、次の3つが助けになると考えられています。
- インプット:分かる言葉をたくさん聞くこと(Krashen, 1982)
- アウトプット:自分で話してみること(Swain, 1985)
- インタラクション:やりとりの中で、聞き返したり言い直したりすること(Long, 1996)
この家では:家族の会話を聞き、自分で話し、伝わらなかったら言い直す。台所や食卓、おでかけ先での会話そのものが、この3つになります。
タスク型の学び
実際の用事(タスク)をこなしながら言葉を使う学び方を「タスク型の言語学習」と言います(Ellis, 2003)。
この家では:街でのミッション(レストランで注文してアレルギーを伝える、駅で乗り換えを尋ねる など)や、妻との会話でのミッション(週末のおでかけに誘う、その日あったことを話す など)。
経験学習のサイクル
経験する、振り返る、考える、次に試す。このくり返しで学ぶ、という考え方です(Kolb, 1984)。
この家では:暮らしやミッションで気になったことを、その場やその日のうちに振り返り、次の機会に試します。毎日、できるようになったことを記録します。
3. 安心と、一人ひとりに合わせること
情意フィルター
不安や緊張が強いと、聞いた言葉が身につきにくくなる、という考え方です(Krashen, 1982)。
この家では:家庭の落ち着いた雰囲気の中で、分からないことを気兼ねなく聞ける関係を大切にしています。困ったときは、夫に中国語で相談できます。
フィードバックの種類
言い方の直し方には、はっきり伝える方法、正しい言い方で言い直して見せる方法(リキャスト)、自分で気づけるよう問いかける方法など、いくつかの種類があります(Lyster & Ranta, 1997)。
この家では:どのくらい教わりたいかを、来る前に4つの「あなたの声」から選べます。過ごしているあいだに変えることもできます。選んだ程度に合わせて、言い換えの例を見せたり、「今の言い方、相手はどう受け取ったと思う?」と問いかけたり、理由まで説明したりします。
Can‑do
「〜ができる」という形で目標を立て、できるようになったかを確かめる考え方です。国際交流基金の「JF日本語教育スタンダード」も、この形で日本語の力を示しています(国際交流基金, 2010)。
この家では:来る前に「できるようになりたいこと」を一緒に決め、最終日に同じ物差しで振り返ります。
4. 研究で分かっていること
留学・ホームステイの研究
留学やホームステイで外国語を学ぶ人の伸び方は、「スタディ・アブロード研究」として調べられてきました(Freed, 1995; Kinginger, 2009)。話すときのなめらかさや、場面に合った言い方などが伸びる場合があることが報告されています。
教師宅ホームステイという形
先生の家で暮らしながら、レッスンも受ける形は、英語では「Home Tuition」「Teacher Homestay」などと呼ばれ、英語などの学習で行われています。この家では、泊まる「暮らすプラン」のほか、通って同じように学ぶ「通うプラン」も用意しています。
5. 考え方と、この家の仕組み
| 考え方 | この家では |
|---|---|
| 語用論的転移・語用論的能力 | 頼む・断るなどの場面を1対1で練習し、暮らしの中で気になった言い方もその日のうちに振り返る |
| イマージョン、インプット・アウトプット・インタラクション | 日本語だけで話す妻との会話、料理、食事、買い物、散歩、おでかけ |
| タスク型の学び | 街でのミッションや、妻との会話でのミッション |
| 経験学習のサイクル | 暮らしやミッションで試す → 振り返る → 次に試す。毎日の記録 |
| 情意フィルター | 家庭の落ち着いた雰囲気、困ったときは中国語でも相談できる |
| フィードバックの種類 | 教わる程度を選べ、言い換えを見せる・問いかける・理由まで説明するを使い分ける |
| Can‑do | 「できるようになりたいこと」と修了レポート |
6. 参考にした研究15件
- Brown, P., & Levinson, S. C. (1987). Politeness: Some universals in language usage. Cambridge University Press.
- Ellis, R. (2003). Task‑based language learning and teaching. Oxford University Press.
- Freed, B. F. (Ed.). (1995). Second language acquisition in a study abroad context. John Benjamins.
- Kasper, G. (1992). Pragmatic transfer. Second Language Research, 8(3), 203–231.
- Kinginger, C. (2009). Language learning and study abroad: A critical reading of research. Palgrave Macmillan.
- Kolb, D. A. (1984). Experiential learning: Experience as the source of learning and development. Prentice Hall.
- Krashen, S. D. (1982). Principles and practice in second language acquisition. Pergamon.
- Lambert, W. E., & Tucker, G. R. (1972). Bilingual education of children: The St. Lambert experiment. Newbury House.
- Long, M. H. (1996). The role of the linguistic environment in second language acquisition. In W. C. Ritchie & T. K. Bhatia (Eds.), Handbook of second language acquisition (pp. 413–468). Academic Press.
- Lyster, R., & Ranta, L. (1997). Corrective feedback and learner uptake: Negotiation of form in communicative classrooms. Studies in Second Language Acquisition, 19(1), 37–66.
- Swain, M. (1985). Communicative competence: Some roles of comprehensible input and comprehensible output in its development. In S. M. Gass & C. G. Madden (Eds.), Input in second language acquisition (pp. 235–253). Newbury House.
- Taguchi, N. (2015). Instructed pragmatics at a glance: Where instructional studies were, are, and should be going. Language Teaching, 48(1), 1–50.
- Takahashi, T., & Beebe, L. M. (1987). The development of pragmatic competence by Japanese learners of English. JALT Journal, 8(2), 131–155.
- Thomas, J. (1983). Cross‑cultural pragmatic failure. Applied Linguistics, 4(2), 91–112.
- 国際交流基金(2010)『JF日本語教育スタンダード2010』